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サッカロマイセス・セレビシエとは何者か?
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)は、「エールビールを造る酵母」として知られています。
同時に、「パンをふくらませるパン酵母」として世界中で使われている微生物でもあります。
(厳密には、同じ種ではありつつも、株違いでそれぞれ「ビール向きの株」と「パン向きの株」があるといった感じになります)
この酵母は真菌類(カビ・キノコと同じ仲間)の一種で、“出芽”によって増えることから出芽酵母(budding yeast)とも呼ばれます。
国際的な生物データベース(UniProtなど)でも、baker’s yeast(パン酵母)・brewer’s yeast(ビール酵母)として解説されている、非常に身近なモノの正体です。
ビールの“香りと個性”を作るキーパーソン
クラフトビールの特徴といえば、フルーティーな香り、複雑な風味、深いコク。
これらの多くを生み出しているのが、実はサッカロマイセス・セレビシエです。
● 高めの温度が得意(15〜25℃前後)
エール酵母である S. cerevisiae は、一般的に 15〜25℃程度 の比較的高い温度でよく働きます。
● 酵母が“香り”を作り出す
発酵中にエステルと呼ばれる香り成分を生み出し、バナナ・りんご・トロピカルフルーツ・スパイスのようなニュアンスなど、エールビールらしい個性を作ります。

パン酵母も同じ“サッカロマイセス・セレビシエ”
驚くかもしれませんが、パンに使われる酵母も基本的に サッカロマイセス・セレビシエ です。
パンでは「小麦粉の糖を食べて」「二酸化炭素(CO₂)を出し」「生地をふんわり膨らませる」という役割を担っています。
ちなみに日本酒やワインも同じサッカロマイセス・セレビシエ です。
ただ、同じ種の酵母でも、ビール用・パン用・日本酒用・ワイン用など目的別に異なる株(ストレイン・strain)が選抜されているため、使い道によって性質が最適化されているのも特徴です。

なぜサッカロマイセス・セレビシエがビール造りに向いているのか?
サッカロマイセス・セレビシエがビール酵母として優れている理由は、主に以下の通りです。
1. 麦芽由来の糖をうまく発酵できる
ビールづくりでは、麦芽から得られる糖(マルトース、グルコースなど)を発酵させる必要があります。
S. cerevisiae はこれらの糖を効率よく利用できる、非常に“ビール向き”の酵母です。
2. 風味の幅が広い
ストレイン(株)の違いによって、出てくる香りが大きく変わります。
IPA の華やかさから、ベルジャンエールのスパイシーさ、スタウトの重厚さまで、エールの“幅広さ”はかなりの比重を酵母が決めているともいえます。
3. 取り扱いがしやすい
高温帯で発酵でき「複雑な低温設備が不要」「発酵が速い」「香りが立ちやすい」といった実用的な利点もあります。

ラガー酵母との違いは?
ビールには大きく
・エール酵母:サッカロマイセス・セレビシエ
・ラガー酵母:サッカロマイセス・パストリアヌス
が使われます。
ラガー酵母 S. pastorianus は、サッカロマイセス・セレビシエ × サッカロマイセス・エウバヤヌス のハイブリッド(自然交雑)であることが学術的に確認されています。
ラガー酵母は10℃前後の低温でゆっくり発酵し、クリアでキレのある味わいを生み出します。
つまり、エールとラガーの違いは「酵母の違いによる発酵の違い」と考えると理解が早くなります。
研究の世界でも有名な酵母
サッカロマイセス・セレビシエは、生命科学の世界でも非常に重要な“モデル生物”です。
・世界で初めて全ゲノムが解読された真核生物
・細胞分裂、老化、DNA修復などの研究に使われる
・増殖が速く、実験がしやすい
つまりこの酵母、人類の食文化にも、科学にも貢献しているスーパースター微生物でもあるのです。

エールビールの“多様性と奥深さ”は、サッカロマイセス・セレビシエの存在なしには語れません。
・パン酵母と同じ種
・高めの温度で発酵し、香りを生む
・多様なストレイン(株)で無限の個性をつくる
・生命科学でもモデル生物として活躍
ビールを飲むとき、「どんな酵母が働いているのかな?」と考えるだけで、一杯の味わいがぐっと広がります。
クラフトビールの奥深さは、グラスの中の目に見えない“小さな職人” がつくっています🍺




